<インタビュー>国内初のプロ レフェリー 加藤誉樹氏
仕事を辞めプロレフェリーへ
「どうしてもバスケットから離れられなかった」
―プロとしてレフェリーの道に進むことを決断した理由は何でしたか?
「今でこそ JBA公認プロフェッショナルレフェリーという肩書きで活動していますが、当時はこの職種はありませんでした。つまり、生活をしていくためにはレフェリー以外の仕事をしていくほかに選択肢がなかったんです。当然、本業をないがしろにすることはできないし、レフェリーとしての活動をないがしろにすることもできません。私としては2つの本業を抱えることになったわけです。そうなったときに1日時間と限られた時間の中で、どちらにも満足に取り組めないという歯がゆさを感じるようになってきました。最終的にはレフェリーの道を選んだわけですが、選手として成功できなかったことが心の奥底にあったんですね。一方、レフェリーとしての可能性が出てきたタイミングでもあったので、「バスケットの世界でもう一度頑張りたい」という思いが勝りました。そこには家族の影響もあります。両親は選手として成功していますし、妹や弟も活躍しています。つまり家族の中では私だけがバスケットで成功できていないのです。バスケットで花を咲かせることができるのであればチャレンジしてみたいと考え、父に相談したときに「やっぱり親父の息子だったわ」と伝えました。どうしてもバスケットボールから離れることはできなかったんです」
―プロとしてレフェリー1本で生活していくことに対する不安はありませんでしたか?
「安定した職を離れ、存在すらしていなかった職業に就くわけですから多少なりとも不安はありました。ただ不安を超えるほどの『バスケットで頑張りたい』という思いと、一度しかない人生で、ここで諦めたら『あのとき、ああしておけばよかった』という後悔が残ると感じました。不安はありましたが、日本バスケットボール協会の方々を信じてプロフェッショナルレフェリーとしての契約を結びました。自分の夢であったバスケットボールで生きていくということを実践するときが来たんです」
―レフェリーとして最も注意して見ている部分はどこですか?
「この仕事はかなりのマルチタスクなので、順位付けをすることが難しいかもしれません。ファウルの判定で言えば見ているのはディフェンスです。そもそものディフェンスがリーガルかイリーガルかという部分。そこにオフェンスが加わったときにどうなるのかを見ます。ほかにもショットクロックの秒数など。例えばターンオーバーからトランジションが発生したとします。そのときにはタイマーの秒数を確認し、その時点から24秒を引いた数字を記憶します。何かしらの理由でショットクロックにトラブルが発生したときに残り何秒でショットクロックバイオレーションになるのかを把握するようにしています。場面に応じて見ているポイントは異なりますね」
―Bリーグでは3人のレフェリーが試合をジャッジします。それぞれの立場や役割はどのように決められていますか?
「レフェリー3人の権限は平等です。クルーチーフが他のレフェリーの判定を覆したりすることは基本的にはありません。それぞれが役割を全うしなければ成り立たないのが私たちの仕事で、それは3人の信頼関係から成り立ちます。それぞれの立ち位置によってボールを見る人が誰なのか、オフボールを見る人が誰なのかという役割は時々刻々と変化するので。目には見えませんが、レフェリー同士で絶妙なバランスの中でコールの受け渡しがあります。これ以降はアングルやポジションが適切なほかのレフェリーに任せて、自分はほかのポイントに注目する。そういったパズルのようなバランスの中で試合を進めていきますし、試合中にレフェリー同士でアイコンタクトを取っていたりもします。私はレフェリーを始めるまでバスケットボールにこんな側面があるということは全く知りませんでしたし、多くの人は当時の私のようにこの側面をまだ知らないと思います」
―「しっかりジャッジして当たり前」という見方をされることもあると思います。そういった中でプレッシャーに打ち勝つためのやりがいや誇り、モチベーションは何ですか?
「失敗に対するプレッシャーは当然あります。選手同様レフェリーも人間ですし、その試合に生活が懸かっていることもあります。ファンの方々はその試合のためにお金を払って試合会場に足を運んでくれたり、モニター越しに試合を観戦してくれています。試合を預かるというプレッシャーはありますが、それを感じようが感じまいが私たちがやらなければならないことは変わりません。どんなに難しい場面であっても、自分に対するブーイングが巻き起こったとしても、冷静にレフェリングすることが重要です。ものすごいプレッシャーの中で選手もプレーしていますし、観客も含め全員で試合を作り上げています。その試合が終了したときに選手が持てる力を出し切れた、観客が楽しんで試合を見ることができたと思ってもらいたいです。私たちは観客から見えるうちは堂々と振る舞います。そしてロッカールームに下がったとき、レフェリー同士で『ありがとう!』という感情が爆発します。これは感動に値しますし、やりがいを感じます。レフェリーは1人ではできない仕事で、試合を無事に終えられたときに感じるパートナーへの感謝の気持ちはとても大きいです」
―試合の重要な局面、1コールで勝敗が決するような場面では、どのようなことを考えていますか?
「レフェリーも人間なのでその試合の局面やプレーの重要度を理解していればいるほどコールは難しくなります。その場面をしっかりと自分の目で見て、そこまでと同じ判定ができるかというところが、私たちに求められている究極の部分です。そこは臆せず適切な判定を下す必要があります。とはいえバスケットボール自体の人気も高まってきており、ビデオ判定や SNS等も普及してきました。今や会場に来ている方々だけが観客ではないのです。モニター越しに見ている方は巻き戻しやスロー再生もできますし、そこに真実があるわけです。だからこそ、我々はそういった視点で試合を観戦してくれている方々にも、しっかりと説明できる判定をしていかなければなりません。それがたとえどんなにプレッシャーのかかる場面であったとしてもコールするか否かを決めなければならないし、それを決められるレフェリーが求められるんだろうなと思います」
―競技人気が高まる中で変化したと感じるところ、レフェリーとしてこれから変わっていかなければいけない部分はどういうところだと感じますか?
「注目度が高まったことにより、 1プレーごとの精度や本気度は高まったと思います。オフェンス側、ディフェンス側の意図をしっかりとくみ取り、理解した上でそのプレーをジャッジしていかなければなりません。色々な出来事がある中でいかに一つの試合を作り上げていくか、良いエンディングに持っていくかという部分は自分自身を含め、より向上させる必要があります。3人のレフェリーそれぞれのベクトルを同じ方向に向けることが重要です」
―そんな日々を送っている中で、オフの日はどのようなことをして過ごしていますか?
「そうですね。散歩が好きなので御朱印帳を持って神社巡りをしたり公園に行ったり、歩くために外に出掛けたりすることが多いです(笑)。ただ明確に『今日はバスケットのことは考えない』という日はないかもしれません。例えば午前中に NBAの試合を見て、午後はゆっくり過ごすといったようなことはあります。とはいえ、私からすればそれもオフなのですが。オフの日でも半分ぐらいは仕事のような感覚ですが、裏を返せば仕事をしているときも半分ぐらいは趣味のような。好きなことを仕事にしているので続けられると思うし、プレッシャーがある中でもこうしていられるのだと思います」
―NBAの試合などはレフェリー目線、ファン目線のどちらで見ていますか?
「これが不思議なことなのですが、レフェリーを始めてからファン目線で試合を見ることができなくなってしまいました。コート上には各チーム5人ずつ選手がいるので合計10人が立っているわけですが、レフェリーを始めてからは10人ではなく13人に見えるんです。常にレフェリーの動きが気になる、そんな感じです(笑)。派手なダンクや目を引くプレーよりも、ファウルコールがあったときにどのレフェリーが、何が原因でコールしたのかが気になってしまいます。そこばかりリプレーしてみたり(笑)」
―Bリーグの試合がない日はどのようなことをして過ごしていますか?
「週に2度、 JBAのオフィスで業務の手伝いを行っています。具体的にはFIBAがルールブックを更新した際、英語で書かれている内容を日本語に翻訳する作業や、レフェリーのマニュアル作成などのお手伝いをしています」
―長い期間試合を吹かないことで試合勘を失うことはありませんか?
「どうでしょう。私の場合、近年はBリーグのシーズンが終わった直後にNBAのサマーリーグなどの海外派遣を繰り返している間に、次のシーズンが始まろうとしているというケースが多いです。ありがたいことですよね(笑)。私以外のレフェリーもトップリーグのシーズンが終われば自らの所属に戻るわけで、感覚が鈍るといったことはあまりないのかもしれません。それにこの仕事は好きじゃなければできないので、自分がコートに立っていないときであっても何かしらの試合は必ず見ていますね」
―先日、漆間大吾さんが2人目のJBA公認プロフェッショナルレフェリーとなりました。プロとして皆さんに伝えたいことは何ですか?
「プロという肩書きで活動していますが、正直なところ私よりも優れているレフェリーもたくさんいます。それに、完璧なんていうことはない仕事だし、もし仮に「今日の試合が完璧だった」と思ったらもう辞めた方がいい。見直さなければならない課題は毎試合ありますし、それらの課題と向き合っていかなければなりません。
現状では私と漆間さんを除くレフェリーの方々は、ほかの仕事を持ちながらもコートに立っています。これだけは伝えたいのですが、決して私と漆間さんだけが優れているわけではありません。ほかの仕事と両立している点でも、レフェリングの技術でも、ほかの方々もすごいんです。私自身が経験していたことを踏まえても、ほかのレフェリーは本当にすごいことをやっています。私たちはプロとしてレフェリーの仕事に専念しているので、ある意味しっかりとできるのは当たり前です。失敗は私たちにもありますし、誰にでもあります。決してプロが優れている、そうでない方々は優れていないということではありません。それぞれが自分の生活もありますし、全員がプロになるということはあり得ないと思います。そんな中でもすばらしいパフォーマンスをしているレフェリーはたくさんいるんです。その事実は僕の口からお伝えしたいです」